21世紀に成長するために必要な6つの能力
20世紀の経済成長は、社会を分析的にとらえて成し遂げられてきたが、豊かになった現代では、これまでの分析的手法だけでは大きな成長は見込めない。私たちのニーズは多様化・高度化してしまった。ではどのようなアプローチが必要なのか、という本。
前書きを、大前研一氏が自分の著作のような感じで書いている。ちなみに表紙は著者名より名前がデカい。
曰く、
- 21世紀は突出した個人の時代である。
- 結局は突出した個人にかなうものはない
- ビジネスの成長のためには全体的な思考力や新しい発想ができる能力が必要とされる
ビル・ゲイツ然り、スティーブ・ジョブス、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスク然り。突出したアイディアを持つ個人が21世紀を急激にドライブさせてきた。彼らに共通するのは、新しい時代を動かしていく力として、これまでとは違った新しい思考やアプローチを持っていることである。
本書では、それを芸術性や物語性などを統合し新しい概念を生み出す能力(ハイコンセプト)と、人間社会固有の共感や結びつきを強化する能力(ハイ・タッチ)であるとし、そこで必要とされるのが以下六つの感性(センス)としている。
- 機能だけでなく感情に訴える「デザイン」を創れる感性
- 議論よりは相手を納得させる「物語」を語れる感性
- 個別に分析するよりは「全体の調和」を考える感性
- 論理ではなく「共感」で人間をつなぐ感性
- 真面目だけではなく「遊び心」もあわせ持つ感性
- モノよりも「生きがい」に価値を見出す感性
この原著の出版は2005年だが、ほぼ20年後の現在でも、これらの要素は分解、咀嚼、再統合され「デザイン思考」や「ナラティブ戦略」「SFプロトタイピング」などビジネス成長のための概念として再構築され、現状打破のツールとして広く浸透している。
ハイコンセプト人材の現実性
ビジネスの成長にはこういったハイ・コンセプトな、ハイ・タッチな思考ができる人材が必要だ、ということはよくわかる。しかし残念ながらおそらく多くの人たちはそのような素晴らしい人材ではないであろう。もちろん私なんかはロウ・コンセプトまる出しな下品な人間である。
身の周りを見回せば、いまだに、顧客に提供する機能をベースに、論理的な議論によって、まじめにプロダクトを生産する、というお仕事だらけである。そしてそれはこれからも続く。マスクやベゾスでないフツーの私たちは、ロウ・コンセプトでもなんとかして食べていくのである。
この本を個人のセンスを鍛えれば企業が欲しがるハイ・コンセプト人材になれる、と読んでしまうのは間違いである。ある意味ファンタジー、異世界転生ものになってしまう。フツーのカイシャは当たるか当たらないかわからないような、にわかゲージツ家に事業戦略を作らせたりしない。
ハイコンセプト人材を誇張して言えば、オレはコレが好きでたまらないから人生のすべてを賭けてコレで仕事する、という人物が偶然か必然か、時代のニーズにヒットする、それがハイコンセプトな製品やサービスとして認識されるのであろう。
それはさておき「物語」のチカラ
それはさておき、持つべきセンスのひとつ「物語」については、引用部分にぐっとくることがたくさん書いてあった。
論理的な検討だけでは、事象を深堀りしきれない。論理的な説明だけでは、共感がえられない。そこには物語が必要である。物語の情報の圧縮率はとても高い。物語は人類の普遍的な優れたコミュニケーションプロトコルである。もっと活用されていい。
物語には、形式的な意思決定の方法では忘れられがちな要素を的確に拾い上げる巧みな力がある。論理は、物事を一般論としてとらえ、意思決定の際に特定の文脈や主観的な感情を排除する。一方、物語は文脈をとらえ。感情をくみ取る。情報、知識、文脈、そして感情を小さなまとまりに要約してくれるという点で、物語は重要な認知事象なのである
ドン・ノーマン p172
「ランぺルスティルツキン」(グリム童話)から「戦争と平和」に至るまで物語というのは人間の思考が生み出した理解するための基本的な道具なのです。車輪を使う以前にも優れた社会はありましたが、物語のない人間社会など一つも存在しなかったのです。
アーシュラ・K・ル・グウィン p173
もし、物語が思い浮かんだら、それを大切にしなさい。そして必要とされる場所で与えることを学びなさい。人生は生きるために食料よりも物語を必要とすることもあるのです。
バリー・ロベス p191
物語は心を動かす。人を動かす。ときに物語は人間が生きる上で必要なものになる。自分のために、あるいは誰かのために物語を作ることは重要である。個人的に価値のある想いは、物語として残して、伝えるということはとても意味がある。いつか妻が、私が、生きた証を物語として子供に伝える日が来るかもしれないなどと思った。
ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
ダニエル・ピンク (著)、 大前 研一 (訳)
三笠書房 2006年